小2の夏、父が転勤になり、大阪から東京へ引っ越しました。
4歳からお世話になったY先生とお別れし、転居先では母が新たに見つけてくれたS先生から習うことになりました。
教材は引き続きブルグミュラーでしたが、先生にお願いして「かっこうワルツ」をみてもらった記憶があります。どこかで耳にして、弾いてみたくなったのです。
先生のほうからはディアベリの連弾曲を提案され、レッスン時に連弾というものを初めて経験しました。
S先生は美人で優しく、流れるような演奏をされる方でした。
私のピアノはいまも昔も情感に欠けるところがありますが、S先生から「そこは、こーんなふうに歌いましょう」と身振り付きの美しい声で言われると、不器用ながら一生懸命抑揚をつけていたようです。
後年母が「S先生に習っていたころが一番きれいに弾けていた」と話していたので、S先生に長く習えたらもっと上手くなっていたのかもしれません。
東京の家は実は仮住まいで、8か月後、新築していた神奈川の戸建てに転居することになりました。
できれば引き続きS先生に習いたかったのですが、転居先は遠すぎるということで、泣く泣くお別れとなりました。
神奈川で最初に習ったA先生は優しくてわりと好きでしたが、なぜか母のお気に召さず、3,4か月経ったところで辞めさせられてしまいました。
次についたK先生は厳しく、よく語気荒く注意され、手をひっぱたかれました。
先生のお宅に私を送迎しつつレッスンに同席していた母が、「いくらなんでも叩きすぎ」と怒り、これまた半年程度で辞めることになりました。
いまはインターネットが普及しているので、ピアノの先生を探しやすく、コンタクトもとりやすくなっています。
しかし、当時そんなものはありませんでした。
母はA先生やK先生の教室を、役所の掲示板で見つけていたようです。
肝心のピアノのほうは、ブルグミュラーを終えてソナチネアルバムに進んでいました。
小3の終わりごろのはなしです。